前山文子 2002年3月24・25・26日の三日間、サンフランシスコで『池田政一先生による伝統鍼灸医学セミナー』と『女性鍼灸ワールドネットワーク』をジョイントにて開催した。 池田政一先生のセミナーは昨年第一回目が行われ(『医道の日本』2001年7月号、馬場由美子記)、女性鍼灸ワールドネットワークは第三回目(第一、二回は『医道の日本』2000年6月号、2001年6月号、前山文子記)。 主催はインターナショナルアキュパンクチャーネットワークと女性鍼灸ワールドネットワーク。セミナーの参加者は60名定員のところ71名(女性42名、男性29名)。在米日本人16名、日本からの参加者10名。 近年、鍼灸学校も増え、それに伴って女性鍼灸師や鍼灸を目指す女性も急激に増えている。私共、女性鍼灸ワールドネットワークは情報を得る中で、将来の鍼灸師像をも追求する目的を持って活動している。第三回目はサンフランシスコで開催することは当初より決定していた。今回、池田政一先生の伝統鍼灸医学セミナーとジョイントで開催する幸運な機会を得た。結果的にこの企画は、参加者から大変好評を得ることとなった。 日本の場合、臨床としての鍼灸医術は、学校教育の場では殆ど教わることなく卒業し、国家試験に合格しても、患者を治療することはまた別の問題として大きく立ちはだかる。昔は弟子入りをして十年もそれ以上も勉強して徐々に治療に対して理解を深めたり自信を持ったりして初めて独立開業という過程があり、今の若い鍼灸師が悩む程問題が大きくなかったと思われる。私どもの知る限りでは、若い鍼灸師達は、まずは就職したとしても、その後鍼灸師として成長しながら継続することの難しさを訴える人たちが多いという。鍼灸学校が増え、独立への夢と期待をもって入学する人たちが増える一方、その鍼灸師が将来臨床の壁につきあたることは容易に想像できる。 アメリカでも、近年鍼灸に対する認識と要望が高まる中で、より一層深刻な患者に対して治療者としての力不足を感じている、そのことに気付く人たちが増え、もっと基本を勉強しなければ、プロフェッショナルとしての責任と自覚に目覚める人たちが多かったことを強く感じた。アメリカでもまずは鍼灸を開業しても、効く治療ができない、十分患者を治すことができない、結果としてハリは効かないということで、他のいろいろな治療へ移行する鍼灸師がある現状を耳にした。日本でも既にそういう問題は発生しているのではないかと思われる。 今回参加した鍼灸師は、30代40代が多く、臨床経験十年以上の人たちが多く、さらに純粋に鍼灸のレベルを上げたいという意欲が伝わってきた。勉強する姿勢や意欲も、日本では見られないような雰囲気さえ感じ、日本からアメリカまで行って独立したいという人たちは皆すごいパワーを持って取り組んでいた。 二. 池田政一先生による伝統鍼灸医学セミナー 池田先生のセミナーについて、その内容について順を追って書くのが正当かも知れないが、私が書く自由をいただけるなら、そうではなくて、どうしても書きたいことがある。 ご存知の方も多いと思うが、先生は鍼灸師としてのご自身の役割を忠実に実行されている。まず鍼灸師として患者を治療すること、先輩として弟子を育てること、伝統医術を教える、伝える、これは一人で最初から勉強することは大変なことであり、これはご自分がやってこられたからこそ言える言葉であると思う、自分が学んだことを一人でも多くの人に広め、またその弟子が、その後を継続し追求していってもらいたいという強い心を持っておられる。 講義が始まると、会場内は完全に先生の熱気でつつまれる。ご自分の感性のまま、参加者の要求も考慮しながら、途中での質問にも答えながら、どんな質問に対しても必ず全員が納得する答えが返ってくる。どんなことでも惜しみなく先生が持っておられるもの、勉強されたものをすべて講義の中で話される。セミナーでは質問が多い、多いほど参加者の関心度がうかがえる。 講義は難しい古典であるにもかかわらず、非常にリズミカルであり、わかりやすく、皆が納得できる言葉でしゃべって下さる。また先生が海外で講演される時には必ず通訳をされるエドワード氏は、先生が何をしゃべられるかすべて理解しているかのようで、このお二人のコンビネーションには魅了されてしまう。エドワード氏は、池田先生の下で10年間弟子として勉強され、現在は東京で開業されている。古典にも現代医学にも精通されていて、講義がまるで漫才のように会場内に笑いを生み、終始なごやかな雰囲気の中で行われた。 個々の伝統鍼灸の講義は、どれも聞き逃すことも見逃すこともできないものばかりではあったが、先生が講義の中で、鍼灸師像について何度も繰り返し言われたことがある。「鍼灸師は術も当然必要であるが、人間性すなわちその人の生き方、人格、知性、考え方、そういうものがすべて統合されてはじめて治療者として患者に向かうことが大切である。」つまり、人間性なしではいい鍼灸師としての資格がないことを強調されていたことは印象的であった。近年、医療に面接の問題がとりあげられるが、特に総合的にヒトをみる東洋医学をするものにとって、人間形成はことのほか重要であると思われる。 この池田先生のセミナーは、今回が第二回目で、向う2006年の第六回目までが決定されている。第二回目は肝虚証、それ以降は脾虚証、肺虚証、腎虚証、そしてまとめへと続く。 昨年の第一回目は伝統医術のイントロダクションであった。とくにアメリカの鍼灸師は中医学をベースにして勉強するため、日本の伝統鍼灸の理論や全体像を知ることにより、中医学との位置関係が確認できて、日本式の鍼灸に素直に入りにくいと考えていた講義も理解しやすかったようである。 講義はまず、昨年の復習から、すべての疾患を伝統医術の考え方で分類された基本証というのは、虚があるから病が発生するという『素問』『霊枢』等の基本的な考え方に従っている。この基本証から発生した寒熱が各臓腑経絡に波及して様々な病証を発生する。第二回目は肝虚証、午前中は講義、寒熱が発生する理由、寒熱が波及する基本原則、波及した部位の病症や脈診・腹診による診断方法を学び、その治療の原則や経絡経穴の補寫法や漢方薬剤について詳しく説明された。(カリフォルニアでは、鍼灸の免許で漢方も処方できる。) この伝統的鍼灸を実践する基礎となる古典は、学校では教わらない、そのため理解できないから敬遠してしまう。しかし池田先生による講義は、その古典・伝統鍼灸を法則に従って、しかもわかりやすい鮮明な言葉で説明され、難しい古典をどう勉強すればよいのか、その指針を示して下さっていると思う。難解な古典を臨床の中でどう実践応用していくか、まず勉強の方法を学ぶ、知ることにより、忠実にそれに従って追求をしていくことが必要なことである。 理論も勉強し、診断と治療技術を修練し、そこに終わりという文字はなくて、鍼灸師は常に勉強をしていかなければならないことも話された。 午後は実技、グループに分かれて、患者の診方、証の立て方、鍼灸の補寫の仕方を参加者同士で習った。また実際の患者さんにも数名、会場に来ていただいており、外傷性ローテーターカフの術後の継続する痛みのケース(56歳)、あるいはホジキン病(43歳)の患者さんの体重減少や愁訴に対して、また15歳の車椅子の少年は先天性脊髄疾患のため手術を繰り返し、貧血や再発する膀胱炎などの全身状態が悪いケース、これらに対するアプローチを鍼灸と漢方の両方からアドバイスされた。患者さんへの気遣いや配慮から非常に簡潔に端的に説明され、治療者へは十分にアドバイスをされていたことが印象的であった。 講義の内容や症例については、女性鍼灸ワールドネットワーク誌第三号に紹介しています。 三. 女性鍼灸ワールドネットワーク 3月23日、セミナー二日目の夜六〜九時に盛り込んで行われた。セミナーに出席した人の殆どが参加希望し、男性も含めて60名。セミナーに集中した後、バンケットディナーでなごやかな雰囲気で始まった。テーマは『心得』。このテーマを選んだ理由の一つに、アメリカでは鍼灸学校を卒業すると即開業というのが一般的であり、それは学ぶ場がないということもあるだろうが、生計のため当然そのような状況になるようである。 しかし、昨年第一回目のセミナーで、技術や手技の習得という点で、参加した鍼灸師の多くが、日本ではどのように学ぶのかと強い関心をいだいたということもあり、もう一度かつての日本の習慣的な『先生と弟子』の関係を取り上げてディスカッションすることを企画した。 まず弟子として、現在池田先生のそばに居る方を含めて三名のゲストスピーカーより経験を話していただいた。弟子としてのつらい修行経験を声をつまらせて語ってくれた女性鍼灸師の話は、参加者も一緒に涙する場面でもあったが、たとえ女性でも強い心でこの職業にのぞまなければいけないことの厳しさを、改めて感ずる発表だった。 もう一人の弟子としての経験では「結局どのようにして学ぶか、その方法を一度身につけると、どのようなことに対しても応用できるということがわかった」という話であった。テクニックを学ぶのではなく、そこに居ることでどのようにして学ぶかを知る、伝統的な師弟関係は一次的には自己鍛錬を学ぶことだと思う、テクニックを学ぶというのは二次的であるという話も大変印象に残った。アメリカからの代表でサンディエゴの鍼灸学校で先生をされている女性は過去数回池田先生のクリニックを見学された際、言葉のバリアーを越えて学ぶという素晴らしい経験をされたという発表をされた。 池田先生には、先生としての立場からお話をしていただいた。先生はセミナーの最初に?私たち参加者に言われたことは、「この三日間のセミナー中は、自分たちが先生の弟子のつもりで、そして頭の中は空にして、つまり服従するつもりで聞いて欲しい、そして自分のどこが足りないのか自覚して、素直な気持ちで臨んで欲しい」との言葉が思い出された。それが弟子としての心構えであり、ナゼ先生が必要かということは、特に伝統医術や技術である鍼灸の場合に、自分が記憶してわかる学問ではなく、先にすすんでやっている人の感性を見て見習うことが大切であるということを話された。 先生もまた、ただ一方的にやるのではなく、その人の性格を見て教育方法を考えている。弟子としてきた人がすべて同じように育つわけではなく、そこにはあい性というものもあるだろうし、そばに居るだけで本人が勉強しなければ、3年経っても5年経ってもダメな場合もある。手取り足取り教えたわけではないのにわかるようになる、これは教えないから勉強する、つまり弟子の考え方、心得ひとつで将来に違いがでてくる。そこに先生と弟子との間に自然に発する気の交流というものもあるだろう。良い弟子を持つということは先生にとっても嬉しいことであるし、皆さんにもよい出会いをしてもらいたい、とも言われた。 先生自身の弟子の時代は、朝の掃除や準備をして、夜は九時に帰り、それから夜中の二時三時まで勉強するという生活であったという。ひとつのことでプロになろうと思う時には、死ぬ気で没頭するというような、そういう時期も必要であろう。とくに女性が自立し、プロフェッショナルになるには、何らかの犠牲もやむを得ないものもあるし、そういう強い心で臨むことも、これからの時代にはさらに必要であると思うと話された。どういう生き方をしているかを見つめることも治療家としての生き方であり、その人間性や生き方が患者に伝わる、それが鍼灸治療である。そのことを常に頭におき、自分の役目を考えながらやっている限り必ず生活はしていけると自分は信じている、と結ばれた。 技術と理論と心が三位一体となって初めて鍼灸は多大な効果を現すと、セミナーの中でも繰り返し言われた言葉である。このような先生と弟子についての経験やスピーチの後でディスカッションでは質疑応答がかわされた。 例えばニューヨークの参加者からは、いくら大学教育を四年五年と延長したとしても、テクニックを身につけることは難しい。殆どの人は先生を持ちたいと思っているが、経済的な問題で継続できない人が多い。或いはハードワークはしたくないとか、人間性に問題がある場合、その辺の問題はどう解決したらよいか? この質問に対して池田先生は、テクニックの上達というのは「以心伝心」という言葉があるように、繰り返し繰り返し勉強や努力をすることによって、ある時期にくるとキュッとよくなる、その経験を何度も繰り返して上達していくもので、人間性がどうだとかそういうことは関係ないと答えられた。 もう一人、オーストラリアからの参加者からは、オーストラリアでもニューヨークのような問題が当然あるが、教育や指導を受けたものの責任で、ひとりひとりがその自覚を持って後輩を育てていく責任があると思う、という意見も述べられた。 四. おわりに 今回のセミナーは、広く宣伝をして募集したわけではなく、声をかけあって集まった人たちであった。参加者が充実して受講できるよう定員60名という設定であった。そのため参加者には積極的に勉強しようという姿勢が強く感じられ、セミナー3日間初日から最終日まで非常に良い雰囲気の中で行われた。 またセミナーは、アメリカで伝統鍼灸を地道に勉強している鍼灸師がいることを互いに確認し合い交流を深める機会になった。また、日本からアメリカへ渡って鍼灸をしている人同士の情報交換の場ともなった。そしてセミナーに盛り込んだネットワークでは、『先生と弟子』の学ぶ或いは教える立場からの意見を交し合うことによりいろいろなレベルの参加者が励まされ、参加者同士の絆が一層深まった。今後もこのような会を是非続けて欲しいという強い要望をたくさん聞かされた。日本の伝統鍼灸医術を、日本人の手からアメリカへ世界へ伝えていく役目を参加者たちの手で継承していけたら素晴らしいと思っている。 女性鍼灸ワールドネットワークの日本の皆さんへはよいおみやげができたと思っている。日頃悩んだり不安を抱いたりしている意見をたくさん聞いているが、今回アメリカの地を踏み、そこで接した元気な人たちを見て、皆まず生きること、生活することに真剣であると感じた。また向うの人たちは自立心が非常に旺盛で、そのために力強く生きている姿を見て頼もしいとも思えた。そして自分を表現することを知っているというか、これが得意だというものを持つこと、それを相手にアピールすることができること、これが自信になり、自立へのステップになっているのだなと考える。 中途半端にやるのではなく、「永久就職か鍼灸の道か」を選ぶくらいの強い姿勢と心構えをもって鍼灸に取り組んで欲しい。そして生きる姿勢としての心、鍼灸の理論、技術を兼ね備えた三位一体の鍼灸師をめざしてがんばりましょう。 五. 来年の予定 来年は、会場をサンフランシスコから車で一時間余り移動し、サクラメントで開催することを内定した。再び池田政一先生によるセミナーとネットワークのジョイントで行う。今度は日本から単独でも参加できるよう、空港と会場までの移動を一緒にできる設定で計画している。第四回女性鍼灸ワールドネットワーク 冊子第3号には、池田先生の伝統鍼灸医学セミナーも盛り込み、ディスカッションの内容も紹介する。このページの始めに戻る